回文のこと

アルバイト先には、雪の予報が出ているので休みます、と連絡しておいたので、今朝はゆっくりできた。寒い、外はもう雪が降ってるのかな、布団から出たくないな、とだらだらして午前中が過ぎていく。朝食は抜くことにして正午まで布団の中で粘った。外はまだ雪ではなく雨だ。

フィギュアスケートを観ながら昼食。ねぎのスープとチーズのパンとオリーブのパンを食べた。そうしているうちにもう雪に変わっていた。

雪が風に流されて、北から南に向かって斜めに降っているのを見ながら、これを書いている。雪の粒が怒涛の勢いで流れている様子を見て、福田尚代さんのことを考える。昨日の夜、カタリココ文庫0号「福田尚代の美術と回文のひみつ」を読んだのだ。数日前に、中村佳穂の東京国際フォーラムでのライブ(行きたかった…)のパンフレットに大竹昭子さんとの対談が載っていること、そのおかげでカタリココ文庫0号がネットで買えるようになったことをTwitterで知って、すぐに購入したのだった。

 

福田さんのことは、やはり中村佳穂が何かの記事で紹介していたのを読んで知り、『ひかり埃のきみ』を3年前に買って読んだ。こんなに長くかつ美しい回文が作れるものなのかと衝撃を受けた。すごいよねと言い合いたくて、友達にもこの本をプレゼントした。

わたしは良いなと思ったものは何でもすぐに真似したくなるたちなので、回文を作るってどんな感じなんだろうと興味が湧いて、いくつか作った。このブログの名前も一応回文になっている。右から読んでも左から読んでも「もくてきちきてくも(目的地来て雲)」。興味が湧いて真似し始めた最初の頃にできたコンパクトな回文で、自分ではわりと気に入っている。

今も暇なときにスマホのメモ帳上で回文を考えているけれど、なかなかうまくいかない。うまく円環が閉じたとしても、福田さんの回文のようには美しくない。

たとえば、今までにできたのはこういったものです。

 

軽くつい鼻歌
ゆたかな砂場で話すなか
たゆたう名はいつ来るか
(かるくついはなうたゆたかなすなはてはなすなかたゆたうなはいつくるか)

大気遠のく
一昨日会った人、飛びたつ
愛と遠くの音聞いた
(たいきとおのくおとといあつたひととひたつあいととおくのおときいた)

遠く聞こえるケトルの午後
載る溶ける絵 子聞く音
(とおくきこえるけとるのここのるとけるえこきくおと)

恋、焚き火の合間、ピアノ弾きたい子
(こいたきひのあひまひあのひきたいこ)

 

うーん……。いろいろ試して、美しい回文を生み出せるようになりたい。

最後に、中村佳穂の曲をぜひ聴いていってください。

 


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ぽー

散歩をして、そろそろ折り返そうと思った時にはもう寒くて疲れていたので、帰る途中で喫茶店に入った。よく前を通り過ぎてはいたけれど、入るのは初めての喫茶店だった。ドアをそっと押し開けてそっと閉めたら、無音で入店できた。誰にも気づかれなかったのではないかと思うほど、店内の空気は微動だにしなかった。なんだかその空気に圧倒されて、わたしは一言も発せないまま、ドアに一番近い窓際の席に座った。

メニューは手元にないし、観葉植物の陰で店員の姿も見えない。しばらく無言で座った。西日が差して、向こうのテーブルにひとりで座っているおじさんの背中が照らされていた。美しいな、と5分くらいぽーっとした。これだけで少し回復してまた歩けそうな気がしたし、いつまでもこのまま座っていたい気もした。

ハッと我に返ってもまだ何も起こっておらず、本当に気づかれていないんだと悟った。立ち上がってカウンターのほうへ行くと、白髪の店主らしき人が新聞を読んでいた。おそるおそる声をかけて、ホットコーヒーを頼んで席に戻る。少しして、水とコーヒーと砂糖が運ばれてきた。店主は無言だった。わたしが小声で言った「ありがとうございます」と、死角になっているテーブル席にいるらしい2人組のお客さんがひそやかに話す声だけが聞こえた。

コーヒーを飲みながら、メールの返信の文面を考える。メールは昨日の昼に受け取ったものだ。返信はなるべく24時間以内にしようと心がけているが、考えが全然まとまらず、返せないまま夕方になってしまっていた。返事を送れたらこの店を出ようと決めて、なんとかそれっぽい文章を打つ。受け取り手を困らせる内容に違いないとは思ったが、早く手放したい一心で、最後の一文を「!」で終わらせた妙なメールを送った。空気の抜けきったボールを勢いだけで投げ返すみたいだった。

焦りから解放されてほっとして、席を立つ。メニューを見ずに頼んだコーヒーは350円で、小銭を持ち合わせていなかったわたしは、「大きいのしかないんですけど大丈夫ですか?」とおそるおそる1万円札を差し出した。寡黙な店主はやはり無言で頷いたあと、1、2、3、4…とお札を数えて応じてくれた。